ひびきジャーナル 第7号

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ピュア・ミュージック・サロン/純正律音楽研究会会報
『ひびきジャーナル』  【創刊第7号】
2002年8月17日発行

編集/発行:ピュア・ミュージックサロン/純正律音楽研究会
      〒106-0031 東京都港区西麻布2-9-2 (有)アルキ内
      Tel. / Fax. 03-3407-3726
※(C)純正律音楽研究会  禁無断転載
 転載等、二次的にご使用になる場合は、必ず事前に純正律音楽研究会
 事務局まで御一報ください。
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<<今号の内容>>
■1■玉木宏樹の“この人と響きあう” 第7回
                       音楽歴史学 上尾信也さん
■2■ムッシュ黒木の純正律講座 第7時限目
   羅馬にて純正律を思ふ〈後編〉              黒木朋興
■3■天国的純正律音楽入門 第7回    
   ハンガリー映画『ヴェルクマイスター・ハーモニー』について
       純正律音楽研究会代表 作曲家・ヴァイオリニスト 玉木宏樹
■4■外科医のうたた寝☆その6 吉田うどんの奇跡
          福田六花(純正律音楽研究会発起人:医学博士、作曲家) 
■5■CLUB-PURE 今回のメンバーズ――ネット会員・長岡衛治さん
■6■CD REVIEW [[[[[[[[[純正茶寮]]]]]]]]]]           玉木宏樹
   MALICORNEの4枚目のアルバム(HEXAGONE/GRI191282)
■7■ちかごろの「PMS土曜のお茶会」REPORT
■8■純正律かわらばん
   →9/28(土)「純正律アトマスキュアコンサートPart 3@芝abc会館」
    の前売り始まってます!! ほか
■9■西麻布通信

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■1■ 玉木宏樹の“この人と響きあう” 第7回――
    「裏テーマは戦争なんです」
            音楽歴史学 上尾信也(あがりお しんや)さん

#

→以前、本誌第3号の「天国的純正律音楽入門」で、『音楽のヨーロッパ史』
という新書を採り上げたことがありました。今回の対談のお相手は、その著者、
桐朋学園大学短期大学部助教授であり、気鋭の音楽歴史学者である上尾信也さ
んです。上尾さんといえば、絶対音感教育の牙城である桐朋学園に玉木宏樹氏
を招き、純正律の講座を開くきっかけを作った方。そんな2人の会話が刺激的
でないハズがない。猛暑も吹き飛ぶスパイシーな対談をどうぞ!
          ―― ―― ―― ―― ――
玉木:これ(『音楽のヨーロッパ史』)すごい面白い本で、以前、会報でも採
り上げてるんだけどね。
上尾:有り難うございます。ただ誤植が多いんで、第2版では、ぜひいろんな
御批判を入れないといけないと思ってて。
玉木:『音楽のヨーロッパ史』っていうのはなかなかいい題名ではあるんだけ
ど、端的に言えば、ヨーロッパ史じゃなくて「戦争から見た音楽史」だよね。
上尾:よくぞ言っていただけました! 実は裏テーマは戦争なんです。
玉木:いや、表テーマでしょ。日本人てものすごい戦争やってきてるんだけど、
窮鼠猫を噛むみたいなことしかしてないから戦争が日常性ではないですよね。
だけどヨーロッパなんてのは戦争が日常性じゃないですか。そういう意味で日
本人の音楽史の見方は非常に甘いんですね。「戦争=悪」で「音楽ってのは平
和の象徴なんだ」みたいなね。そうじゃないんだ、この本読んでみろよと。音
楽そのものがいかに崇高であろうと、この本は明らかに、音楽をやってる人間
の内在性は問題にしてませんからね。
上尾:美学じゃないんで芸術的な美も問題じゃない。
玉木:それよりも、音楽を利用する権力者側とか戦争で士気を高めるための実
用性を帯びた音楽の歴史とかの面がすごい強いじゃないですか。だけど、そう
いう見方をしていかないと音楽史なんてまるであてはずれになるからね。
上尾:この本を書いたのは、19世紀に出来上がったドイツ音楽を「クラシック」
にし続けて、それを崇高なる美とする従来の音楽史が一般の歴史あるいは社会
史からいかに乖離していたものであったかという事があって。それも一つの捉
え方ではあるんですけどね、実際に音楽がどのような形で歴史や社会の中に生
づいてきたかを考えると当然、歴史や社会の在り方を問題にしなければいけな
い。ところが大概の音楽史の教科書だとその在り方が見えてこない。たまに見
えてきたとしても、「世の中平和で娯楽や芸術にお金を使い、王侯貴族も教会
も皆パトロンで芸術を擁護してきた。その証拠が色々残ってる美術作品であり
教会建築であり音楽である」という見方は少し違うんじゃないかと。
玉木:少しどころか、とんでもない違いですよ。
上尾:ヨーロッパに限らず、「世界史=戦争の歴史」じゃないですか。平和な
時間なんて人類が始まってから今まで一瞬もなかったっていうのが僕の持論な
んですよ。
玉木:まったくその通りですね。
上尾:今、日本は長いこと平和だとか言ってますけど、それは様々な紛争を避
けてきただけのことで、やっぱり「戦争=政治体制」であり、ありとあらゆる
社会現象がそこから派生するわけですから、縦軸にして考えていかないと本当
の意味での芸術や文化も見えてこないんじゃないかと。例えばレオナルド・ダ・
ヴィンチの一番の大きな業績とは、様々な軍事的な顧問官になったということ
であって、決してモナリザの作者であることじゃない。だからこの本の裏のテ
ーマは本当に戦争と音楽なんです。それゆえマージナルな本だと思われてて、
こういう見方もありますなんていう言い方をよくされて。
玉木:そうなの!?
上尾:「上尾さんは歴史系の人だから、音楽のことはねえ」という音楽系の方
もいれば、歴史系の人からは「もうちょっと歴史的な事件を突っ込んで書いて
くれればいいのに」と。音楽学と歴史学との乖離を感じますね。

◆著作権意識はなぜ生まれたか◆
玉木:そうなんでしょうね。上尾さんはJ・アタリの『音楽・貨幣・雑音』は
お読みになりました?
上尾:そういう視点を持った最も初期の本ですよね。1980年代ぐらいに翻
訳されて、その頃から多少音楽社会史・社会学的な見方がされるようになった
んですけどね。
玉木:あの本は結構、著作権の歴史を述べてるんだよね。誰が音楽を所有した
かとか。写譜屋が著作権協会だった時代があるのね。
上尾:なるほど、よくわかります。
玉木:その流れのお陰で、今でも日本の音楽出版社ってすごい横暴なとこがあ
るのね。上尾さんの本の中でルターの時代に印刷がすごい音楽の在り方を変え
たというのがあったけど、それはアタリもずいぶん書いてましたね。
上尾:特に、楽譜出版する際に「誰々の作品」という意識が出てくる。それが
著作権法の始まりともいえるかもしれません。もちろん初期の頃の出版社は、
売れてる人の名前をどんどん冠するあざとい商売もやったようなんですが、印
刷楽譜として音楽が商品となって出回るようになった時に「誰々の作品」、つ
まり誰々のモノという発想が出てきたんです。それ以前は誰が書いたかなんて
あまり問題にならなかった。プレゼンテーションの為に「私が書いたよ」と書
くことはあったとしても、「誰々の作品だから」「誰々が作曲をすると売れる」
という考え方は無かったんです。ところが、やがて楽譜印刷が始まると「誰々
の作品」という概念が生まれてくる。
玉木:それはいつ頃ですか。
上尾:1501年に最初の印刷術が出てきたということですが、商業的に軌道
に乗るのは1520年代以降と言われています。
玉木:最初に作品番号付いたのは、シュッツでしたっけ?
上尾:作品番号というのはいろんなところで議論されてるんです。シュッツか
もしれないですが、通しの作品番号、トータライズした自分の作品観というの
は皆それぞれ持っていたんじゃないかと思うんです。もちろんシュッツはそう
だったでしょうけど、一番注目しなきゃいけないのは、1520~30年代以降、
作曲家自身が自分の名前を使って楽譜を出版する時に、表紙に献呈文を掲げる
ようになる事ですね。実は私の友人が面白い研究をしていまして。自分が仕え
ている王侯貴族に献呈するのは当たり前じゃないですか。ところが、就職活動
のために全然仕えてもいない人の名前を出したりする。例えば僕が「上野の学
長様へ献呈」とかやる(笑)。そうすると、まあ相手は悪い気はしないですよ
ね。そういうのを我々は「勝手に献呈」と呼んでますけど。そういうことをす
るのは、これは自分の作品だ、技法だという一種の作品意識の表れという事も
できると思いますし、逆に出版社側からすれば、その当時有名な作曲家の名前
を冠すると、仮に別の人が作曲したものであっても売れ行きが違ってきますよ
ね。もちろん著作権法なんて無い時代でしたから、著作権意識の表裏を色々駆
使したような商品化が進んでいったんじゃないか。これが第1期だと思うんで
す。実は僕、マスター論文でゲオルグ・フィリップ・テレマンていうハンブル
クに居た作曲家について書いたんですけど、彼の商人意識というのは凄まじく
て自分で版下まで彫ってたんですね。そこまで著作権に敏感であったというか。
あと『ひびきジャーナル』みたいな冊子を作って、毎号それに作品を載せて予
約販売していたというような。そこまでくると完全に「誰々の何という作品、
作曲だ」という意識が生まれているのがわかりますよね。当然テレマンは当時
の世界、つまりヨーロッパ全体を市場として見据えていたわけで

◆楽譜の功罪を斬る!◆
玉木:楽譜と言えば、僕は声明の坊主と一時期よく付きあった時にきいた面白
い話ですが、室町時代に雅楽と声明がコラボレーションした演奏の記録があっ
て、「どこからどこまでを合わせたらすごいいい演奏になった」とか古文書に
残ってる。現代でも「それはここからここだって」雅楽でも声明でも全部わか
る。で実際にやってみたら、ものの見事に合ったって。西洋の五線譜は、それ
があるがゆえに表現方法が違っていってしまうけれど、基本が絶対音で決まっ
てて変えようがない声明の文字譜の世界や伝承・口伝のほうが正しいのかもし
れない。「伝承も本当かどうかわからないよ」と言うけど、だからこそ正しい
ものが伝わっている可能性はあるんじゃないかな。
上尾:それはありますね。楽譜の功罪ってあると思うんです。特に西洋音楽の
歴史の中でずっと五線譜が使われてきて、ああいう音符の形ができて、音階を
12音に分けて、まさに平均律につながる方法ですよね。もちろん後にはもっ
と細かくなりますけど。この、いわゆる西洋の記譜法によって、ありとあらゆ
る国々の音楽の伝承や全ての音を聴き取ってその音に合わせていくという作業
が19世紀の中頃から民族音楽の方面でやられてきた。一方で、インド音楽な
んてのは18分の1とか30何分の1の音程をとらなきゃいけないという、全
く「伝承の耳」で聴くしかない世界。耳で覚え、その覚えたものはまさにずっ
とそのまま伝承として時代と時代をつなげていくから、こんな確実なことはな
い。それを楽譜にしちゃうと楽譜の幅というのが当然出てくる。もっと言えば、
リズムなんてどんなに細かくしても、コブシなんて楽譜じゃ表わせないし間の
取り方は音符にはできない。
玉木:まさにそうですよ。

◆作曲家神話を粉砕せよ◆
上尾:基本的に音楽はライブであるべきだし、ライブを楽譜化することは不可
能ですよね。音楽作品が楽譜で表現されなければならなくなってきたのは、ま
さにヨーロッパに印刷楽譜が登場する時代でした。あるいはそのちょっと前、
14~15世紀にはライブというものをなんとか残そうとすごい苦労してるす
ごい面白い楽譜があるんですけど、近代になると「楽譜で音楽を作ろう」「五
線譜の中に描かれてる音符=音楽作品」という考え方になってくる。例えば18
世紀ぐらいまでは、少なくとも楽譜というのは演奏のためのひとつの道具にす
ぎなくて演奏者によって様々な形で変化させたり装飾を加えたりしてもよかっ
た。通奏低音の技法というのはそうですよね。ところが19世紀になってくる
と、あたかも全てを楽譜に書き込んだかのような誤解が生じてくる。
玉木:この本の中で、僕が昔から言ってることに近い言葉があってね、シンフ
ォニーが発達してきて、「いわゆる作曲家神話」が生まれたと書かれてたよね。
全くその通りだと思う。作曲家なんてのは本来有り得てはならないものなんだ。
あんなもの、演奏者のためのテキスト書きじゃないですか。僕がいつも作曲し
てる態度ってのは自分が演奏するから、余計にテキストでしかないわけ。
上尾:作曲家という職業が分化していくのがおかしいですよね。ありとあらゆ
る音楽で、作曲家はシンガーソングライターであるべきなのに。
玉木:作曲でしか食えなくなったベートーヴェンと演奏ができなくなったシュ
ーマン、この2人によって、作曲家という職業が確立されたという(笑)。
上尾:じゃあワーグナーは起業家ですね。

◆むしろ前近代的で行こう!?◆
玉木:いやー、僕は、こういう話ができることが非常に嬉しくてね。だって、
いないんだ、僕の周りに。
上尾:えっ? 当たり前の話なのに。
玉木:いや、当たり前っていうけど、作曲家協議会に属してる作曲家にそんな
ことを言うと「何を言ってるの」って言われる。芥川氏が会長だった時に、な
んだか小難しい話があったんで、「なんでそんなに難しく考えるんですか。作
曲なんてただ単に演奏のためのテキストなんじゃないですか」って言ったら怒
っちゃってねえ。
上尾:玉木さんはむしろ前近代的な人間と言えるかもしれない。もう、バッハ
とかヘンデルの時代に戻って、自分が書いた覚書としての楽譜があるのであっ
て、その覚書を元に、まず自分が演奏するのがオリジナル。他人が演奏する時
には、自分の演奏じゃないんだから、これは「テキストに従った貴方の演奏だ」
という意識ですよね。演奏家というものがいわゆるひとつのその作品の表現者
となっていくという発想ですよね。それはまさに本質的な部分じゃないですか。
それが「作曲家の方が上」だとかなっていくとねえ。
玉木:僕が昔っからよく怒られるのは表情記号、「f」「p」が書いてないっ
ていうことね。そんなものちゃんと譜面読めば分かるじゃない。なんでそんな
ものいちいちこっちが書かなきゃいけないのって言うと、「普通それは作曲家
がちゃんと書くもんだ」だって。だけど、作曲家ってそんな横暴なことしてい
いのかいっていうことだよね。
上尾:それはほんとにもう、バロックの楽譜ですよね(笑)。あるいはジャズ、
ロックとか。本質的にはそこなんですね。
玉木:僕は昔、シンセ7台と東フィルの3管編成でシンフォニー書いたんです
よ。で、3楽章にオーボエで非常に日本の牧歌的なメロディを書いたの。とこ
ろがオーボエがまるで無表情に吹くもんで「すいませんけど、もうちょっと表
情つけてやってくれませんか」って言ったら、「エスプレシーヴォって書いて
ないもん」って(笑)。
上尾:ラテン系のオケにやらせたら、表情つけるなって言ってもつけてくれた
のに(笑)。

◆国歌には思惑が詰まってる◆
玉木:この本の話に戻ると、国歌のことで訊こうと思ったことがあったんだよ
ね。極端なことを言うと、日本の国歌は別に戦争と関係ないじゃないですか。
上尾:僕はあれを国歌と認めてないのでなんとも言えないんですが。
玉木:でも現象的には国歌だよね。
上尾:法律で制定されましたから。
玉木:そういう意味ではナショナル・アンセムでもないし、何だかわからない
んだよね。
上尾:成立した頃に2つあったんですよ。最初はイギリス人フェンロンが書い
た荘重なアンセム風のがあったんです。それがあまりにも「君が代は」という
歌詞にそぐわなかったということで、後にドイツ人エッケルトと上野の音楽学
校の人たちが寄ってたかって例のレドレミという「格調高い」旋律にしてしま
ったわけなんですけど、明治政府開闢の時に、まさに政治的に、様々な儀礼に
おいて日本を代表するような音楽が求められていたのは確かなんです。
玉木:なるほど。国歌といえばスロヴェニアっていう国あるじゃないですか。
今でもそうかどうかわからないんだけど、長い間、オーストリア国歌だったん
だよ。クラウンの音楽事典で見たんだけど。
上尾:スロヴェニアが独立したのは92年ぐらいですかね。
玉木:あそこはオーストリアの真下じゃないですか。元々はハプスブルグの領
地だったわけですよ。で、複雑な思いも色々あるんだろうけど、自分たちはス
ラヴ人だとは言われたくないと。
上尾:スロヴェニアなのに(笑)。
玉木:それでオーストリア、ドイツなんだと。それで懸命になって国歌まで一
緒にしてるのにオーストリアから認められないという。
上尾:オーストリア国歌は今はまた別の旋律になってますけど、そうでしたか。
かつてのアパルトヘイトのローデシアがシラーの詩による「歓喜の歌」を国歌
にしてましたけど、今EUが「歓喜の歌」をEUの賛歌にしてるんです。
玉木:困ったもんだねえ。
上尾:72年頃に実はカラヤンが編曲してEUの歌にしようとしたんだけど、
さすがにそれはみんなから総スカンくって。ところが最近はEUの行事がある
とあれを演奏するらしいです。
玉木:ドイツ国粋主義の歌だよね。
上尾:国粋主義かどうかはわからないですが、ロマンティシズムあふれたコス
モポリタニズムが象徴的ですけどね。
玉木:でも、シラーからワーグナー、ニーチェってたどっていく歴史を見れば、
完全な「ドイツ我が祖国」じゃない。
上尾:過去は水に流そうと。イギリスがEUに入っても通貨は一緒にしない訳
がわかりますね(笑)。
玉木:で、僕は聴いたことないんだけど、国連のアンセムはパブロ・カザルス
だって?
上尾:らしいですね。演奏されたのは聴いたことがないですけど。
玉木:みんな聴いたことないのは、ひょっとしたら、すごいつまらない曲だか
らとか?
上尾:いえいえ、カザルスは贈ったかもしれないですけど、アメリカ国歌を演
ろう、といういうことになってるんじゃないですか、国連だけに。あ、そこん
とこは書いといてくださいね(笑)。結婚式にロケット弾打ち込む国ですから
ねー。ヤル気十分です、アメリカ。
玉木:はははは(爆笑)。いやー、今日は面白いお話を有り難うございました。
上尾:こちらこそ。僕なんかはエコロジーじゃなく、思想として純正律を考え
ているわけで、そうした中で玉木さんのような方が居てくださることに、本当
に感謝してるんです。おっ、対談の締めの言葉はこれにしましょう(笑)!
(了)                        【文/田村圭子】

◎上尾信也著『音楽のヨーロッパ史』講談社現代新書
 →この夏の課題図書としてお薦めします!

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■2■ ムッシュ黒木の純正律講座 第7時限目
羅馬にて純正律を思ふ〈後編〉               黒木朋興
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 前回、ローマ市内にある近代美術館に行ったところ、19世紀のイタリア美
術は圧倒的に古典的な絵画が世紀を通して並んでいる、という話をした。
 こういった状況は1920年くらいまで続く。そしていきなり未来派が現れ
る。その後はフランスにも日本にもアメリカにもひけを取らぬような前衛美術
が展示室を埋め尽くすこととなる。未来派の独自性、斬新性についてここでは
繰り返すに及ぶまい。ただ、この時期この地で最も「前衛」的な政治思想の一
つであるファシズムが誕生したということは気を付けておいても良いだろう。
未来派の抽象的な作品に第1次世界大戦が深く影を落としている、ということ
も言うまでもない。何でも自国の進歩史観に当てはめて論理を展開するフラン
スもフランスだが、イタリアのこの急激な変化は何を意味するのだろうか。

◆古代とモダンが同居する都市建築◆
 確かにローマは古都であり、だから古代遺跡がたくさんある。その一方で、例
えば、ムッソリーニの命により建設が開始されたというテルミニ駅など、とびっ
きりに近代的な建物がどーんと街の真ん中に居座っていたりもするのだ。もちろ
ん近代的な建物などパリにでもエクスでもあるにはあるし、これはあくまでも主
観にしか過ぎないが、どうもフランスに比べてイタリアのちぐはぐ感が気になる
のである(と、ここまで書いて、イタリアは駅に近代的な建物が多いということ
に気がついた。対して、フランスの駅は19世紀末の建造物か、あるいは少なく
とも19世紀末を思わせるものが多い)。私の住むエクスもローマ人が築いた町
で、古代遺跡が残っていたり、17、8世紀の建物がまだ使われていたりするが、
古いものと新しいものが溶け合っている感じでそれほど違和感は感じない。また
高速道路の休憩所などでも、イタリアのほうがお洒落で斬新なデザインが多いと
感じた。つまりイタリアはモダンな部分が徹底してモダンなのである。
 一応フランス文学専攻なのだから学生時代にフランス美術史などの授業を取っ
ていたこともあり、そこでは19世紀の絵画は、古典主義の後を受け継ぐ新古典
主義、ロマン主義、写実主義、などへと順番に並べて紹介される。だから19世
紀ヨーロッパの絵画はそうやって進歩してきたものだと当たり前に信じ込んでい
た。16、7世紀のフランス美術史にはダ・ヴィンチやカラヴァジオなどのイタ
リア人も平気で登場するし、だから19世紀においてもフランスにおけるような
改革運動がイタリア内部から出てきていて、それが20世紀の未来派の出現に繋
がるのだろうと、なんの疑いもなく考えていたのである。しかしそんな進歩の歴
史など、所詮フランス人が自らの革命を正当化するために捏造したイデオロギー
に過ぎないのではないか、という思いが生じたのである。それでは何故20世紀
のあの時期に未来派が突然出現したのか?

◆北部イタリアで何が起きたか◆
 少なくとも17世紀にいたるまで、北イタリアはヨーロッパの先進地域であっ
た。ところが、ルイ14世のもと国家統一の礎を築くのに成功したフランスに対
し、古来都市国家という政治形態を崩さなかったゆえにか、イタリアの統一は遅
れ、19世紀においてはフランスやオーストリアなど周辺諸国に侵食されるに及
ぶのである。そういった近代イタリアがフランスに対して強烈なコンプレックス
を発動させていたとしても格段不思議な話はないし、そのコンプレックスがイタ
リアモダンの形成に大きく作用していると考えても強ち間違いでもないだろう。
 平均律のイタリアにおける普及も、『音楽のテンペラメント』のドミニク・ドゥ
ヴィによれば、1885年を境に燎原の火のごとく一気になされた、と言う。古
代からの遺跡が街中に溢れている一方で、フランスから輸入されたモダンが一瞬
にして広まってしまった国、イタリア。僕は、平均律普及の重要な鍵の一つがこ
の国の、特に北部にあると睨んでいる。

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■3■ 天国的純正律音楽入門 第7回
    ハンガリー映画『ヴェルクマイスター・ハーモニー』について
       純正律音楽研究会代表 作曲家・ヴァイオリニスト 玉木宏樹
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 ハンガリーのタル・ベーラ監督のモノクロ大作『ヴェルクマイスター・ハー
モニー』を観てしまった。本当に観たのではなくて、観てしまったという感じ
である。なにせ、2時間半かかる中身がたったの37カットという超長回し。
途中で何度も寝たし、トイレにも立ったが、ストーリーを追う映画でもないの
で、無関係。観ている間は、あまりの退屈さに腹が立ち、時間を損したと思っ
ていたが、観終ったら、物凄い達成感に襲われ、完全にタル・ベーラにしてや
られ、未だにショックから立ち直れないでいる。

◎欧州文明は妥協の産物◎
 ヴェルクマイスターという名前を御存知ない方の為に簡単に書いておくと、
純正律からミーントーンを経て、24の長短全ての調が演奏できるように、工
夫に工夫を重ねた調律法を確立したのが、ヴェルクマイスター第III調律。バッ
ハの「平均律ピアノ曲集」と誤訳された調律法で、ヴェルクマイスターはバッ
ハの親友だった。彼の調律はもちろん今の平均律とは全く違うが、「不等分平
均律」などという訳の分らぬ呼び方をされることもある。
 やがてキルンベルガーの改良等を経て、平均律の世の中になって行く。タル・
ベーラ監督は、「ヴェルクマイスターの平均律は最大の妥協である。しかし、
これなくしてバッハの“クラヴィア曲集”は今に残されなかった。ヨーロッパ
文明は妥協の産物である」と書いている。もちろん、ヴェルクマイスターが平
均律を作ったわけではないが、メタファーとしては正しい。
 この映画は全く音楽映画ではないが、それでも、老音楽家エステルが唯一、
ヴェルクマイスター批判をしている所を引用してみよう。
 ――「恥ずべきことにこの数世紀の音楽作品の音程はすべて偽りであり、音
楽もその調声もエコーも、その尽きせぬ魅力も、誤った音声に基づいている。
大多数の者にとって純粋な音程は存在しないのである」「ここで想い起こすべ
きことは、もっと幸福だった時代のこと。ピタゴラスの時代だ。我々の祖先は
満足していた。純粋に調声された楽器が数種の音を奏でるだけで。何も疑うこ
となく、至福の和声は神の領分だと知っていた」――
 この言い分は合ってるとも合ってないとも言えない。言いたいことは別の所
にあると思えるからだ。

◎ラデツキーが象徴するもの◎
 この映画を解き明かす最大のキーは、警察署長の酔っ払い踊りの「ラデツキ
ー行進曲」で、署長の子供たちも回転の狂った「ラデツキー行進曲」で馬鹿騒
ぎをする。とても醜怪でいやな場面。
 なぜ、ラデツキーなのか。これは、ヨハン・シュトラウス父の作曲だが、ハ
プスブルグ家の象徴であり、ハンガリーを併合した(何やら日韓みたいだな)
大帝国の凱旋行進曲である。この醜怪なマーチ(私は昔から、この曲は嫌いだ)
こそ、ハプスブルグ、ウィーン、西欧、平均律世界の残酷性であり、タル・ベ
ーラがどれほど音楽に詳しいかは分らないが、バルトーク・ベーラやコダーイ
によって発掘されたマジャール音楽は、西欧とは全く違い、東洋的メリスマ
(民謡のコブシ)の世界であり、12の鍵盤には割り付けられない、微少音程
そのものの世界である。このラデツキー行進曲の位置づけが分らない限り、こ
の映画を理解したことにはならない。
 ネット上でいろんな解釈や感想を読んだが、殆どの人は広場に現れたハリボ
テ鯨のことばかりを話題にしているが、あれは単にハンガリーに存在しないも
のの象徴にしかすぎない。

◎長回しの秘密◎
 この映画の一番醜怪で記憶に残るのが、暴徒の病院襲撃シーンだ。どんな正
義があろうと、暴動の醜怪さを描き切ったのは、このシーン以外にはないだろ
う。体制に頼らざるを得ない弱者をなぶるのが、暴動の神髄だ。
 最後に、この映画の最大特徴である、気だるい退屈な長廻しについて。タル・
ベーラは長廻しの理由をきかれて明解に答えた。
「編集室に入るのがイヤなんだ」
 まさに名言。私は多分、世界でも屈指の初見能力があるが、これは何を隠そ
う、ヴァイオリンをさらうのがイヤだったからである。

※今回は、玉木宏樹HPの〈言いたい放題 2002年7月9日&12日版〉から
の転載です。

【『ひびきジャーナル第7号』ネット版bに続く】

【『ひびきジャーナル第7号』ネット版aから続く】

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■4■ 外科医のうたた寝☆その6   吉田うどんの奇跡
        福田六花(純正律音楽研究会発起人:医学博士、作曲家)

 なんだかやたらとうどんの話しばかりになってしまい申し訳ない……
  ★  ★  ★
 私はうどん好きである。けれども滅多なことではうどん屋には入らない。私
が好きなのは純正(律)の讃岐うどんであり香川県には行きつけのうどん屋が
10数軒あるが、東京のうどん屋はあまり好きではない。ごくたまに名店と呼
ばれる店に行ってみたり、各地方の名物うどんの店の暖簾をくぐったりもして
みるが、毎度がっかりさせられることが多く、最近では年に1回だけ出掛ける
“讃岐うどん巡礼の旅”だけを楽しみに、普段はラーメン、蕎麦、スパゲッテ
ィー、冷麦などを食べている。 

★知られざるうどんの聖地・富士吉田★
 5月から河口湖のそばの病院(カイ虎の門整形外科・胃腸科外科)で働くこ
とになり、連休中に山梨県に引っ越してきた。病院のある河口湖町に隣接した
富士吉田市をクルマで走っているとやたらに“手打ちうどん”と書いたノボリ
がはためいている。もしや? と思って文献やインターネットなどで少し調べ
てみると、全国的にはあまり有名ではないが、富士吉田市は成熟した“うどん
文化”を持つ街であることがわかった。市役所には“うどん課”なるものが存
在し、古くから結婚式、葬式、酒の後にもうどんを食べるというほどの、うど
んがなければ一日が始まらないと云った土地柄であることがわかった。
 早速、市役所うどん課作成の“うどんマップ”を取り寄せてみたところ、市
内54店のうどん屋がカラー写真付きで紹介されておりどの店のうどんも美味
しそうである。昼間だけの営業の店が多く、普段は行けないので土曜日を待っ
て出掛けてみることにした。
 静かな住宅地の一角、なんの変哲もない普通の家に“うどん”と書いた小さ
なノボリが立っている。やたらと周囲にクルマが路上駐車してあるのが気にな
ったが、人の家にでも入るような感じで玄関の引戸を開けてみると、自宅の一
室を改装したような座敷に30人以上の人が肩寄せあってうどんを食べている。
ようやく空いた隅の席に座ると見様見まねで紙に注文を書いて調理場(と云う
より台所)に渡す。最初に注文したのが冷やしうどん。吉田うどんの食べ方の
流儀がわからないので隣の小父さんの真似をしつつ食べてみる。卓上のタッパ
から揚げ玉をたっぷり取り、七味唐辛子を少々ふって食いついてみる。

★まさに奇跡のうどんたち★
「うまい……」
 歯応え充分の硬いうどんが醤油ベースの冷たいつゆに絡まって、そこに揚げ
玉と唐辛子のエッセンスが効いていて、この絶妙のハーモニーは玉木弦楽四重
奏をもしのぐかもしれない。
 次に肉うどんを食べてみる。やはり硬いうどんが、今度は醤油と味噌をブレ
ンドしたコクがありそれでいてさっぱりした温かいつゆの中で輝いている。具
材は肉とキャベツ。この組み合わせも意外なようでいて絶妙にどんぶりの中で
ハモっているではないか。奇跡としかいいようのない美味さである。しかも2
品食べてたったの700円である。
「安い……」

 山梨に引っ越してきて2ヶ月あまり、“うどんマップ”に掲載されている54
店のうち9店のうどんを食してみた。店ごとに色々な特色がありそのどれもが
期待を裏切らない。東京のすぐそばにこんな“うどんの聖地”が存在していた。
私の今回の引っ越しは“うどんの神様”のお導きではなかろうか?

【ドクター六花はみだし情報】
 THE SENSATIONS 真夏のライブ2002
 ⇒ドクター六花がヴォーカルの「センセーションズ」、
 夏季ライヴ続行中です!

 2002年8月24日(土)下北沢LOFT
 PM 7:00 start  ¥2000(ドリンク付き)
 
*予約問合せ:下北沢LOFT/Tel. 03-3412-6990
 会場への地図は
 http://v3.mapion.co.jp/custom/emapion/kanto/tokyo/shimokita_h.html

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■5■ CLUB-PURE 今回のメンバーズ――ネット会員・長岡衛治さん
    会員の皆様に登場していただくコーナーです。

    自薦他薦、どうぞ手を挙げてください。こんな面白い人いますと。

 ⇒さて、初回は今年3月30日の土曜のお茶会に初めてご参加い
 ただいた後、近くのファミレスで二次会、その後三次会までお付
 き合いくださった中で、「純正音律発生器」を自作された元電子
 技術者、合唱団のメンバーでオーディオ・ヴィジュアルの仕事を
 されているというお話に心惹かれ、ネット会員長岡さんにご登場
 願いました。

〓若い頃からのこだわり派〓
 長岡衛治さんは1935年兵庫県養父郡のお生まれ、旧家の3男3女の長男
で地元の高校の農業科を卒業後3年間の農業従事の後、父の期待に反し、自力
で蓄えた資金で横須賀職業訓練所の無線通信科に入所、1年間の猛勉強の後、
首席で卒業、三級無線通信士を取得。さらに上級資格を目指すも資金不足で中
断。止むなく入社した日本飛行機で定年まで電子技術者として勤務。米軍や防
衛庁の航空機のおしきせマニュアル作業に飽き足らないメンバーで起こした駐
車場事業が成功する中で専ら車両センサーの開発を担当、というご経歴。
「純正音律発生器」に至るもう一つの伏線は、勿論音楽とのかかわりで、幼少
の頃の記憶は手回し蓄音機。童謡・民謡・浪曲等のレコードがあったそうです
が、童謡はすべてインプットされるまで繰り返し聴いたそうです。お母さんが
楽譜を読める方だった。中学3年のとき和音に熱心な音楽教師の三和音の聴音
テストがあり、ダントツの100発99中で正解したそうです。高校ではアコ
ーディオンで鳴らし音楽部で活躍。卒業記念に当時学校にあったお宝のテープ
レコーダの使用許可を貰い、小遣いをためて買ったテープに演奏を録音。その
テープは現在もお持ちで、ノイズの中に音がある状態ながら、最近仕事柄CD
化し当時のメンバーに贈って喜ばれたそうです。当時の録音テープは和紙のベ
ース上に酸化鉄粉を塗布したもの。
 その後も今日までコーラスの演奏活動をずっと続けてこられ、現在は神奈川
県綾瀬市に在住ですが、所属のボーカル・アンサンブル コーロ・ブリーサは
座間市で活動中。レギュラーは10名ほど。男性団員は指導の先生と2人のみ。
練習の合間長岡さんが純正律や音響・音律の講義をしてきて、よいハモリを追
及して25年。ノンビブラートのきれいなハモリを実践しておられるそうです。
「ここ数年きれいな音のコーラスが増えましたが、中には純正律やハモリに全
く無縁の団体もある」状況だそうです。

〓センサー技術とハモりの関係〓
 音楽を愛する電子技術者としてハモリを求め、音響学を勉強している中、平
島達司『ゼロ・ビートの再発見』が出版されたときはこれぞと飛びつく。会社
の測定機器を利用して研究、純正律とはどんな音なのか聴きたくて「純正音律
発生器」を自作、等々、長岡さんはそのお話し振りでも淡々とした中に強靭な
実行意思を秘めた方とお見受けしました。玉木さんとの出会いは多分テレビで、
出るたびに「この人には何かがある」といつも注目していた中で、今年1月偶
然純正律音楽研究会を知り入会。
 センサー技術とコーラスとの関係を「私達が純正律の音程に入り込んで安定
しようとする一連の動作は、センサーからの信号を、設定された基準値と比較
しその誤差でアクチェータを駆動し、センサー信号が基準値と等しくなる点ま
で移動して停止する自動制御機器のループと似ている。人間を電子回路と置き
換えて歌うときのメカニズムを考えたくなる」と。
 純正律音楽研究会としては今後更に、長岡さんの薀蓄あるお話を伺いたいと
思います。演奏会・結婚式のビデオ撮り・編集等でご多忙な中、この夏はさる
女性ヴォーカリストとの二重唱で舞台に立たれるそうです。ご活躍をお祈りし
ます。                          【馬場英志】

CD REVIEW CD REVIEW CD REVIEW CD REVIEW CD REVIEW CD REVIEW
■6■  純正茶寮                  黒木朋興
   ――MALICPRNEの4枚目のアルバム(HEXAGONE/GRI191282)――

今回は、雨季がないので乾燥しているけれど暑さは厳しいらしい、
フランスはエクスから、黒木朋興氏の担当でお送りします。玉木
氏によるひとことコメントも併せてどうぞ!
***************
 今回紹介するのは、1回目で取り上げたMalicorneというフランス
のフォークロアバンドが1977年に録音した4枚目のアルバムです。このバ
ンドの初期4枚のアルバムのジャケットにはバンド名のみが記されているだけ
で、いずれもタイトルがついておりません。ですからファンの間では、1枚目
とか、3枚目とか、呼ばれています。またこの4作品はエグザゴンというレー
ベルから発表されているのですが、この言葉は元々六角形という意味で、フラ
ンスの国境線が六角形に近いことからフランス国土の比喩としても使われます。
古き良きフランスを伝える調べ、そしてレーベルの名前がエグザゴンと言えば、
フランスの右翼が泣いて喜びそうなアイテムであるということをとりあえず指
摘しておきます。もちろん私は、彼らの政治的立場についてはまったく知らな
いし、またそれに頓着するつもりもないことも合わせて言っておきます。
              ◆ ◆ ◆
 1曲目の「NOUS SOMMES CHANTEURS DE SORNETTES – GAVOTTE」は
いきなりアカペラで始まります。びしっとハモったその歌声はいつもながらに
流石の一言です。また私はカナダのケベックで行われた彼らのライヴアルバム
も持っていますが、ステージの上でも彼らは見事なライヴ演奏を聞かせてくれ
ています。彼らの能力の高さを窺い知ることはできるでしょう。
 ですが、ここでは10曲目の「MA CHANSON EST DITE」に注目してみたい
と思います。というのは、この曲、管楽器をはじめ音程が微妙にずれているん
です。もちろん彼らのことですから、わざと「下手」な演奏をしていることは
確実ですが、所謂「ヘタウマ」などということではない。
 この曲がアルバムの最後に位置し、演奏時間が27秒ということに注意して
みましょう。この微妙な音程のずれによって、彼らは「下手な田舎楽士の演奏」
を表現している、のです。こういうことは音程が平均律にプリセットされてい
る楽器を当たり前に考えている鍵盤弾きには思いもつかないことではないでし
ょうか。もちろん、シンセに音程のずれを計算して打ち込み演奏させることは
可能です。しかしそれでは、面白くない。というか、この演奏の面白さには遠
く及ばない。やはり身体で音程を感じながら生楽器で微妙にずらすのでなけれ
ば。
              ◆ ◆ ◆
 純正律音楽研究会の会報で、音程の悪い演奏を紹介することを意外に思われ
る読者の方もおられるとは思いますが、この音程の悪さは当研究会の活動の面
白さと豊かさを、また別の角度から逆説的に示してくれているように思います。
つまり微妙に音程ずらすことも、平均律一辺倒では不可能な表現の一つである、
ということです。別に完璧にハモらせることのみが我々の目的ではないことを
確認するために今回はこの曲を選んでみました。

TAMAKI’s HITOKOTO==========
アメリカの作曲家、アイヴスに「カントリーマーチバンド」という
曲があって、ワザと下手に聞こえるようにスコアリングしている。
それはさておき、このバンド、各自の発声がすばらしい。ハモる為
にひるんだ発声をするのではなく、各自が存在感を持ちながら、結
果的にハモろうとしている。すばらしいCDだ。

INFORMATION

●MALICORNE (HEXAGONE/GRI191282)
 →収録曲目は次の通り。
 1. NOUS SOMMES CHANTEURS DE SORNETTES-GAVOTTE
 2. COUCHE TARD, LEVE MATIN
 3. DANIEL MON FILS
 4. LE DESERTEUR – LE CONGE
 5. LA BLANCHE BICHE
 6. BACCHU BER
 7. LE JARDINIER DU COUVENT
 8. MISERE
 9. LA FIANCEE DU TIMBALIER
 10. MA CHANSON EST DITE

#

■7■ ちかごろの「PMS土曜のお茶会」REPORT

 関東地方の梅雨明けが宣言された7月20日(土)に、ピュア・
ミュージック・サロン「土曜のお茶会」が開催されました。会場は
おなじみ西麻布のティールーム「FRIENDS」。名古屋や四国
からの熱心な参加者もあり、内容の濃い、熱い集まりを持つことが
できました。
 恒例、御来場者のお名前をモチーフに即興で作曲、演奏するコー
ナーでは、お名前だけでなくセリフも旋律にしてみたりと、毎度同
じ事はやらない玉木氏。
 今回の目玉は、本誌8頁でも御紹介したネット会員・長岡衛治さ
んの純正音律発生器。実際に音を出しながらの説明に、参加者の皆
さん、聞き入ります。また、正会員で合唱団Single Singersを率い
る井上博史さんは、はるばる四国から7kgもの純正律キーボード持
参での御参加でした。
「ピュア・ミュージック定期便」で頒布されたナンバーをライヴで
お楽しみいただくコーナーでの圧巻は、カウンター・テナーのカウ
ンタ山田氏を交えた「千年絵巻」。その類い稀なる歌声は、ナマで
聴かないとソン! 会場に涼をもたらしてくれました。
 定刻を過ぎても参加者の熱い語らいは尽きず二次会も盛り上がり
ました。とはいえもちろん、お茶会では、「理論はともかく心地よ
い音を生で楽しみたい」という方々の御参加も大歓迎ですので、ど
うぞお気軽にお越しくださいね。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
■8■ →→→純正律かわらばん

●急告!! 純正律拡大コンサート、
 いよいよチケット前売り、始まりました!!

 《純正律アトマスキュア・コンサート
  玉木宏樹ジャスト・チューニングの世界Part3~アポロンのたわむれ》
 
 9月28日(土)開場16:30/開演17:00
 芝abc会館ホール(東京都港区芝公園)
 一般5000円
 純正律音楽研究会正会員3000円(同伴者、御紹介は4000円)
 純正律音楽研究会ネット会員4000円(同伴者、御紹介は4000円)
 ※団体割引もあります。詳細はお問い合わせ下さい。

 出演:玉木宏樹、東京リコーダーオーケストラ、尾上菊咲慧、永六輔、
    玉木弦楽四重奏団、福田六花、カウンタ山田、ほか
 主催:マーユ・ファインアート・ジャパン/純正律音楽研究会

 【御予約・お問合せ先】純正律音楽研究会事務局
  Tel.03-3407-3726 (月~金11AM~19PM)
  ※会員同伴割引、団体割引もございます。詳細はお問合せ下さい。
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●9月8日(日)純正律サロンコンサート
 ~ヴァイオリン・デュオによるピュア・ミュージック~
 14:00開演 2000円(特製ゼリー、紅茶付)
 会場:ウィークリーサロン(東急田園都市線「青葉台」駅下車) 
 ⇒玉木宏樹&水野佐知香による息の合ったヴァイオリン・デュオ。
  落ち着いたサロンでお茶をいただきながらお楽しみ下さい。
 【御予約・お問合せ先】グローウィング企画〈受付は10:00~18:00〉
 Tel. 045-961-2281(南條)/Tel. 045-961-6049(亀岡)
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●9月18日銀座のサロンで玉木宏樹の純正律トーク&ライブ
 9月18日(水)14:00開演 会費5000円(ワンドリンク付)
 会場:銀座十字屋ホール9F
 ⇒銀座十字屋主催の優雅なサロンに玉木宏樹氏が出演します。軽
 妙なトークと魅惑のヴァイオリン演奏を楽しむ集いで、当日は、
 純正律ファンにはおなじみ水野佐知香さんをまじえ、玉木&水野
 による贅沢なヴァイオリン・デュオも堪能できそう。素敵なお土
 産もあるそうなので、お楽しみに。
 【御予約・お問合せ先】十字屋ホール(Tel. 03-3561-5250)
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 以上の各コンサート情報の詳細は、純正律音楽研究会のホームページで
 御確認ください。〈http://www.pure-music.ne.jp〉

→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→

■9■  @@@@@西麻布通信@@@@@

◆設立満3周年を迎え、当研究会公式HPでは掲示板も始まりました。
 どなたでも気軽に立寄って頂けるページを目指していますので、ぜひ、
 足跡をお残しください。
 
◆東京・丸の内の顔である「丸ビル」が9月のオープンに向けてリニュ
 ーアル中ですが、その界隈の再開発と連動して三菱街の環境音楽を玉
 木氏が担当することになりました。実現すれば、かねてより玉木氏が
 提唱している「街から騒音を追放し、世の中を純正律で染め上げる」
 というプランが、また一歩前進することになります。詳細は追ってお
 知らせします。

 〒〒〒〒〒〒おたよりお待ちしています!〒〒〒〒〒〒

 〒106-0031 東京都港区西麻布2-9-2(有)アルキ内
Fax. 03-3407-3726 / E-mail: archi@ma.rosenet.ne.jp
 純正律音楽研究会 まで

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とりあえずいちばん速い純正律情報はこちら!
 →玉木宏樹のホームページ
  URL :  http://www.midipal.co.jp/~archi/index.html
*ピュア・ミュージック・サロン/純正律音楽研究会の
 オフィシャル・ホームページ、仮営業中!!
 http://www.pure-music.ne.jp
 掲示板も始まりました。各種純正律情報だけでなく、会報バックナンバー等、
 アーカイヴも一部公開中。ぜひ、お立ち寄り下さい。
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